脳と運動

こんにちは、理学療法士の杉山です。今回はタイトルの通り、整形外科ではあまり聞かないかもしれませんが、「脳」の話をします。

皆さんは、脳について考えた事はありますか?

私は、大学で脳の事について学んでから、考えるようになりました。
最初に学んでいた時は、私たちが何気なく行っている呼吸や睡眠、食事ですら、その方法やタイミングなどの“動きの指令は脳から起こっている”と考えていました。
だから脳の事がわかれば、人の運動を変えられるのではないか!?と思い、脳の研究をすることにしました。
実際に研究しながら更に脳についての知見を積み重ねていくと、脳は指令を出してはいるのだけど、それを作っているのは感覚情報だという事がわかりました。
人間は様々な外的刺激や内的刺激情報を統合して、行動に移しているのです。
つまり我々の身体に、「これをやってね」と指令を出しているのは脳なのですが、その指令を作っているのは、身体外から、あるいは身体内からの感覚刺激によるのです。

我々ヒトの日常生活は視覚に依存すると言われていて、感覚情報の9割を視覚に頼っています。では今皆さんが行っているブログの文章を見る・読むというプロセスはどう起こっているのでしょう?

>黒い線の塊や明るさから、一文字〜数文字を認識
→目を横や下に動かし、複数の文字を認識
→記憶から、それら文字列を単語として認識
→文脈予測等の処理がされ、それらをつなげて文章として認識

この文章を読むという行為、たったこれだけで少なくとも9つの脳領域が働いていると言われています(Fiez & Petersen, 1998) 。 なんて忙しく働いているのでしょう!

ちなみに知能や視覚機能は正常なのに、単語や文字を理解することができない、読書障害と言われる人たちがいます。彼らの症状は、脳の一部の機能低下によって起こると考えられています。

また、このブログを読んでいるヒトが100人いたら100人違うように見えている可能性があります。なぜかと言うと、人の遺伝子は100人いたら100人違っていて、同じ遺伝子を持つ人間はいません。一卵性双生児ですら、100%同じではないのです(Bruder, et.al., 2008)。従って、脳の機能が十人十色なので、目から入った映像の情報処理方法も皆違っている可能性があるのです。それが実世界と異なっているかに関しては、物の形や位置などは外の世界に働きかけて確認し、補正することで矛盾しない世界を
脳内に作ることができます。

しかし、色は他人と同じ色が見えているかは言葉でフィードバックして確認するしかありません。よって、青が見えていても、同じ青が見えているとは限りません。実際驚くべきことに、眼科の検査で日本人男性20人に1人・女性200人に1人が色弱であると診断されているそうです(眼科医会調べ)。
とは言え、見ている文字まで違うほど多様な機能は持ち合わせていませんし、もしそこまで多様性があったら、感覚として脳は役に立ちません。

したがって、脳の機能は十人十色とは言いましたが、全く違う訳ではなくて共通機能もあるので、このブログの文字は同じように知覚されているでしょう。

これまでは視覚を例に感覚寄りの話でした。このような感覚刺激を受けて脳は情報処理をし、運動を出力します。
ここからは少し自分が行ってきた研究も踏まえてお話できればと思います。

我々理学療法士の仕事は様々ですが、ヒトの動きでできないとか、できるようになりたいと言った事の手伝いをする事が多いです。特に整形外科領域では、身体を怪我してできない事があったら、組織治癒後にそれを元の身体機能に戻すため、運動や動きの練習をします。実はこの時、身体の機能だけでなく、脳にも変化が起きています。

例えば手を使わなくなると、手を使うのに働いていた脳領域の細胞の活動が低下して、長期に渡れば細胞は死んでしまいます。それら活動が低下した脳細胞は、どうすれば元の活動を取り戻すのでしょう?

脳細胞は死んでしまうと再生しませんが、存在していれば可塑的な変化を起こすことがあります。この可塑的変化とは、細胞の数は変わらないが、その細胞の機能や構造が変わることを言います。脳からの指令は神経細胞から出ている突起を伝わり、先端から伝達物質と言われる物を放出して次の細胞に指令を伝えて身体まで届きます。何らかの刺激を細胞が受ける事で、その突起の形状が変わったり、伝達物質の放出機構に変化が起きるような変化が起きることがあり、それを可塑性と呼びます。

先ほどの例で、手を使わなくなると、これまで手を使う時に働いていた脳細胞は活動をやめて不活性化状態になります。しかし再び手を繰り返して使っていると、その神経回路が再び活性を取り戻す事があります。この時、動かした手からの感覚入力で遺伝子に変化が起き、脳に可塑的な変化が生じます。それによって、再び手の機能を取り戻すことができるようになる事があります。

つまり運動を指示しているのは脳なのですが、経験のない動作や忘れてしまった動作を意図的に繰り返し練習する事で、運動の感覚が脳に入ります。その感覚情報を処理する過程で脳の神経回路に変化が起き、最終的にその動作を脳から指示できるようになるのです。

これって当たり前のようで結構難しいと思います。
だって、何がいい動作?どうゆうのが正しい動作なの?
先にも出てきた通り、身体は十人十色ですし、過ごす環境だって様々です。なので、どれが正しい動作かは一意に定まらないと問題だと思います。

我々理学療法士は、そのヒトの希望や目標に合わせて、その時そのヒトに合った良い動作獲得の手伝いができればと思っています。
良い感覚刺激が脳に入り、脳からより良い動作が出力されるよう、様々なアドバイスや治療が提供できるようになりたいなと思っています。

Fiez J.A., & Petersen, S. E. (1998). Neuroimaging studies of word reading. Proceedings
of the National Academy of Sciences of the United States of America, 95, 914-921
Bruder C.E.G. et.al. (2008). Phenotypically concordant and discordant monozygotic
twins display different DNA copy-number-variation profiles. American Jarnal of
Human Genet, Mar; 82(3):763−71