腱板断裂
こんにちは、院長の守重昌彦です。
今回から2回にわたり、「腱板断裂」について書かせていただきたいと思います。
当院においては、肩の病気ではいわゆる五十肩に次いで2番目に多い疾患です。
腱板断裂という疾患の話をする前に、そもそも腱板とは何なのかというところからお話ししていきます。
この記事を読んでいらっしゃる方々で腱という言葉の定義を正確に説明できる方はどれくらいいらっしゃるでしょうか?
腱とは筋肉と骨を接続する部分のことです。有名な腱と言えば“アキレス腱”ですよね。
アキレス腱は下腿三頭筋(腓腹筋とヒラメ筋)と踵の骨(踵骨)をつなぐ腱です。何となく腱というとアキレス腱のようにひも状のものを想像するでしょう。
ですから、患者さんに腱板断裂の説明をすると「何本切れていますか?」とよく質問されます。
しかし腱板は読んで字のごとく板状の構造ですから、何本という数え方はちょっと違うかなと感じます。
板状なので、“何枚”といった数え方がよさそうにも感じますが、実はその板の部分も全体的につながっているので何か所とかどれくらいの大きさといった表現が正しそうです。
腱板は、棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の4つの筋肉の腱の総称です。これらの筋肉は肩甲骨と上腕骨をつないでいます。その役割は、肩甲骨に対して上腕骨を動かす働きと、肩甲骨に上腕骨を引き付けて安定させる働きです。
図:腱板の筋群 後ろから
図:腱板の筋群 前から
肩関節(肩甲上腕関節)は、骨だけで見ると図のように腕の骨が宙に浮いているように見えて、何の安定性もありません。骨だけだと不安定な肩関節を安定させるのに腱板(の筋肉)は重要な役割を占めているのです。(実際には関節唇、肩甲上腕靭帯、関節包などと協調して働いています。)
図2.上腕骨と肩甲骨の関係:骨だけを見ると何の安定性もない
腱板を肩の外側から見ると、上腕骨頭を取り囲んでいて服の袖のように見えます。それで英語ではRotator cuff(回旋袖)と言うのです。
ただし、上腕骨の下方には腱板は存在せず実際にはぐるっと取り囲んでいるわけではありません。
腱板についてご理解いただいたところで腱板断裂について説明していきます。
先ほど、腱板は紐状ではないとお話ししましたが断裂というとひも状のものが完全にちぎれたようになっている状態を想像します。しかし、板状で幅を持った腱板が全ての範囲で断裂してしまうことは滅多にありません。
腱板断裂について少し知識のある方であれば“腱板完全断裂”と“不全断裂”という言葉を聞いたことがあると思います。完全断裂と言うと前述のように全て切れてしまっているような印象をいだきますが、実際にはかなり異なります。腱板断裂は板状の腱に穴が開いた状態なのです。表から裏まで穴が通じている状態を完全断裂と呼びます。穴が腱板を貫いていないと不全断裂です。ですから、ものすごく小さな穴が開いていても裏から表まで穴がつながっていれば完全断裂なのです。これは、一般の方には素直に理解しにくいところだと思います。
図 腱板完全断裂と不全断裂
Yubran AP Insights Imaging. 2024
Rotator cuff tear patterns: MRI appearance and its surgical relevanceより
腱板断裂を分類するときには、
- 完全か不全か
- 場所:どの腱に断裂があるのか:棘上筋腱、棘下筋腱、肩甲下筋腱、小円筋腱
- 大きさ:縦×横
- 不全ならどこか:滑液包測(表面側)、腱内、関節包側(裏側)
という主に4項目で分類しています。
腱板断裂を起こすとどのような症状が出るでしょうか?
もっとも出やすい症状は、動かしたときの痛みです。切れてまくれた腱板の断裂部の端が肩甲骨などに当たって引っ掛かって痛みが出ることが一つ。このとき、ゴリゴリとした音や引っ掛かり感を伴うことも多いです。もう一つは、腱板断裂によって肩甲上腕関節の安定性が損なわれてスムーズに動かず断裂部分以外の構造が擦れたり引っ掛かったりして出る痛みです。
二つ目の症状としては、安静時痛です。特に夜寝ている時の痛みは患者さんにとってつらい症状となります。安静時痛は、主に炎症の結果として生じます。壊れてしまった腱板を修復したいという体の反応ですので、時間とともに引いていく方もいらっしゃいます。しかしながら断裂した腱板は自然には修復しないので、何も対応しなければいつまでも安静時痛が消えないということもあります。
三つめは筋力低下です。筋力が低下する原因は、腱板が断裂することで肩甲骨に対して上腕骨を動かそうという腱板の筋肉の力が上腕骨に伝わらないこと。また、先ほどから出ている腱板の上腕骨を安定化させる機能の低下により肩甲骨と上腕骨のスムーズな動きが損なわれて力が発揮しにくくなることがあります。
また、動かしたときに痛いので防御反応として意識的にあるいは無意識に力を入れないようにしている場合もあります。
腱板断裂の診療をしていると不思議なことに、明らかに腱板が断裂しているのに力が落ちていない方がたくさんいらっしゃいます。断裂の場所や大きさにより、腱板の機能が損なわれないことも多いのです。すなわち小さな断裂ではあまり力は失われず、大きな断裂だと力の低下が顕著になります。
さて、腱板はなぜ断裂するのでしょうか?
アキレス腱断裂は若い人でも受傷しますからほぼ怪我が原因であると考えられます。(実際にはアキレス腱でも中高年の方がより受傷しやすいので加齢による柔軟性の低下や腱の質の低下の影響もあります。)
腱板断裂の場合は、若い方の断裂は著しく少ないです。特に一発の怪我で断裂する方はほとんどいないと考えられます。
変性(加齢による質の低下)がまずベースに合って、そこに外傷であったり繰り返す負荷があったりで断裂します。変性+繰り返す負荷での受傷であると、いつの間に切れたのか自覚できないことが多いです。
図は検診による腱板断裂の有病率です。(Minagawa, journal of orthopaedics 2013)
ある村で664人を対象にエコーで腱板断裂の有無を見た研究ですが、40代以下の腱板断裂有病率は0%でした。
すなわち、腱板断裂の原因は加齢変性の要素が非常に強いということになります。
この変性が起こった腱板に、転倒やひねるなどの外力が加わって断裂に至ったり、スポーツや作業による繰り返し動作で断裂に至ったりするということです。
ところで、繰り返し動作でなぜ腱板はダメージを受けるのでしょうか?
腱板は上腕骨の大結節や小結節という部分に付着しています。問題なのは肩甲骨側の肩峰という部分や烏口突起という部分との関係になります。動作時に腱板は上腕骨と肩甲骨(肩峰・烏口突起)の間に挟まるような状態になり、擦り切られていくのです。
肩関節を専門にしている者にとっては、五十肩と並ぶメジャーな疾患なのですが、前医では見逃されていることが非常に多いです。「五十肩なので自然に治ります。湿布貼っといてください」と説明を受けて治療をしてきたが一向に治らないので当院を受診され、腱板断裂と診断される方が非常に多くいらっしゃいます。(五十肩であっても自然に治らない方は多数いらっしゃいますが)
これには二つの大きな理由があると私は考えています。
肩の病気を全然知らない(古い)整形外科医がまだまだ多い。病気を知らないから、腱板断裂かもしれないという意識に至らないのです。「肩が痛い=五十肩」で良いと考えているのです。
もう一つはレントゲン信仰です。レントゲンを撮れるということは、接骨院や整体に対する大きなアドバンテージであるという時代が長く続いていました。いつの間にか、レントゲンを撮影してそれを見るだけになっている整形外科医も多くいます。「レントゲンは大丈夫=あなたは大丈夫」という謎のロジックを成立させているのです。患者さんの中にはそのロジックを染み込まされすぎていて、「レントゲンが大丈夫なら良かった」などとおっしゃる方もいます。整形外科領域ではないですが、癌などはほぼレントゲンには映りません。レントゲンは骨の形態を見る一つの手段であって、決して大丈夫かを保証できるものではないのです。
人間の体は、骨だけでできているわけではありません。むしろ骨以外の部分が無ければ体は機能しません。「レントゲンは大丈夫=あなたは大丈夫」ロジックからは決別しなければなりません。
腱板断裂はレントゲンでは診断できません。MRIやエコーでなければ画像診断はできないのです。ただ、レントゲンで診断できなくても身体所見をちゃんとみることで腱板断裂がありそうだと推察することはできます。そこをさぼっている整形外科医が多いのではないかなと感じています。
以上、腱板断裂について構造、機能、症状、原因、なぜ見逃されるかということをお話ししました。
次回は、腱板断裂の治療法についてお話していきます。